萬満寺
宗 派
臨済宗 大徳寺派
山 号
法王山(ホウオウザン)
寺 号
萬満寺(マンマンジ)
住 所
千葉県松戸市馬橋2547
縁 起 萬満寺の歴史は古く、寺伝によると鎌倉時代に歴代将軍と千葉家一門が菩薩を弔うため、馬橋に建立した真言立宗の「大日寺」が起源とされている。その後、室町時代に第三代将軍「義満」と自身の「氏満」という両方の満をとり、康暦元年(1379)寺号を「萬満寺」と改められた。義満により、臨済宗に改宗された。その後、明治の廃仏毀釈や、汽車の煙火による大火で伽藍や仏像、数多くの寺宝を失ったが、近年、住職や信徒の協力を得て、昭和62年に新本堂が落慶、少しづつ諸堂も整備され、松戸・水戸街道きっての古刹としての存在感を大きくしている。
松戸市萬満寺(万満寺)本堂
松戸市萬満寺(万満寺)水掛不動尊
本堂前にある水掛不動尊。
松戸市萬満寺(万満寺)山門
駐車場から望む山門と鐘楼堂。
鐘楼堂の奥には園舎もみてとれる。
松戸市萬満寺(万満寺)浄行菩薩
水掛不動尊に並ぶ浄行菩薩像
松戸市萬満寺(万満寺)六地蔵
整備された墓地の入り口に六地蔵
が新たに仲間入りをしている。
松戸市萬満寺(万満寺)水子地蔵
水子地蔵尊は園舎の方を向き
いつも暖かく見守っている。
松戸市萬満寺(万満寺)鐘楼
平成19年に建てられた鐘楼堂下は墓参の方の休憩所となっている。
松戸市萬満寺(万満寺)参道
山門をくぐり松の回廊を抜けると
存在感のある仁王門が現れる。
松戸市萬満寺(万満寺)仁王門
仁王は年に3回後開帳されるが
国指定文化財に直接触れることが
できるのは大変珍しい。
松戸市萬満寺(万満寺)境内
本堂側から見た仁王門。
萬満寺 永代供養納骨堂 「隨縁」 平成25年夏より募集開始致しました。

詳しくは
「萬満寺 永代供養納骨堂 隨縁」のページをご覧下さい。
松戸市萬満寺(万満寺)木造金剛力士立像 【国指定文化財】 木造金剛力士立像

金剛力士とは、金剛杵(こんごうしょ)という煩悩(ぼんのう)を打ち砕く武器を手に持った、仏法を守る神のことです。通常、外敵を威嚇する身振りと形相を表す「阿(あ)」「吽(うん)」の2体が、仁王門と呼ばれる山門の左右に配置され、伽藍(がらん)と仏を守っています。臨済宗法王山萬満寺の仁王門にある2体の木造金剛力士立像は、いずれも寄木造り(よせぎづくり)で彩色(さいしき)、玉眼(ぎょくがん)。像高は阿像(向って右側)が257 cm、吽像(向って左側)が240cmあります。伝承によれば鎌倉時代の仏師運慶(ぶっしうんけい)の作といわれています。なお、大正15年(1926)に受けた補修の際には、吽像の胎内左腰下から「平朝臣康□再興也、文明六年(1474)甲午七月上旬」という修理時の墨書銘(ぼくしょめい)が発見されました。最近では、阿像が昭和62年、吽像が同63年にそれぞれ補修されています。
松戸市萬満寺(万満寺)木造不動明王像 【市指定文化財】 木造不動明王像

室町時代の作といわれていますが、なお部分的に鎌倉期の様式・技法もうかがえます。像高125cm、玉眼(ぎょくがん)、ヒノキ材の一木造り(いちぼくづくり)、彩色(さいしき)は既に剥落しています。火災にあっているため、毛髪の肩に下がった部分と持ち物の三鈷剣(さんこけん)、岩座(いわざ)、加楼羅炎(かるらえん)の光背(こうはい)は後世に補修されたものです。
松戸市萬満寺(万満寺)一月寺遺石 【市指定文化財】 一月寺遺石

かつて小金にあった金龍山一月寺(きんりゅうざんいちげつじ)は、鎌倉時代の初期、正嘉(しょうか)2年(1258)金先禅師(きんさんぜんじ)によって創建されたといわれています。一月寺が普化宗(ふけしゅう)寺院としてその基礎を固めたのは江戸時代に入ってからで、徳川幕府の保護のもとに発展し、青梅の鈴法寺(れいほうじ)、京都の明暗寺(めいあんじ)に並ぶ普化宗金先派本山として、全国に多くの末寺(まつじ)を持つにいたります。しかし、明治4年(1871)の太政官布告(だいじょうかんふこく)によって普化宗が廃止されると、それと同時に一月寺も廃寺となります。「開山塔(かいざんとう)」は、享保(きょうほう)16年(1731)に造立(ぞうりゅう)されたものです。もとは一月寺の境内に建てられていたもので、その下には箱に納められた大乗妙典(だいじょうみょうてん)が埋められていたということです。自然石の石塔には仏を讃える意味を持つ詞(ことば)である「偈(げ)」が、台石には一月寺の由来文が刻まれています。「遺墨墳(いぼくふん)」の銘が刻まれた遺石は、江戸時代後半の文政(ぶんせい)・天保(てんほう)年間に起きた「仙石騒動(せんごくそうどう)」に縁のある石碑で、天保14年(1843)に建てられたものです。
松戸市萬満寺(万満寺)豊臣秀吉制札 【市指定文化財】 豊臣秀吉の制札

豊臣秀吉が行なった天正(てんしょう)18年(1590)の関東攻めの際、この地域へ浅野長政(あさのながまさ)の軍勢を差し向けるにあたって、民心の安定をはかるため萬満寺に与えた制札です。その条文には、離散した民衆は帰住(きじゅう)すること、民家や寺のなかに陣を構えることの禁止、麦の勝手な刈り取りの禁止、一銭でも盗んだ者は厳罰に処することが規定されており、そのため俗に「一銭切り(いっせんぎり)の制札」とも称されています。

【行 事 日 程】

1月  新年厄除け祈祷(三が日間) ・仁王尊股くぐり御開帳 ・護摩焚き 初不動(28日) ・護摩焚き
3月  不動尊春季大祭(27~29日)・唐椀供養(27、28日)・仁王尊股くぐり御開帳 ・護摩焚き
5月  合同水子供養(5日予定)
8月  大施餓鬼会(16日)
10月 不動尊秋季大祭(27~29日) ・唐椀供養(27、28日) ・仁王尊股くぐり御開帳 ・護摩焚き
11月  こども厄除祈祷(15日前後の日曜)
12月  終不動(28日)
毎月  月例祈祷(28日)
開催時間、内容に付きましてはお問い合わせ下さい。

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所在地 Google Map

【アクセス】
千代田線直通 JR馬橋駅東口より 徒歩 3分   東口を出て正面つきあたりを左です。
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